硬直した組み込み開発に“プラットフォーム”が柔軟性をもたらす

IARシステムズ×STマイクロエレクトロニクス対談

VUCA(Volatility、Uncertainty、Complexity、Ambiguity)の時代といわれる中で企業の事業環境はよりいっそう厳しさを増している。その一方でデジタル分野を中心に技術の進化も加速しており、その影響は組み込み機器業界にも当然押し寄せてきている。だからこそ、組み込み機器の開発についても従来のやり方に固執するのではなく、新しい手法を取り入れていかなければならない。

このVUCAの時代を乗り切るために、組み込み機器の作り方をどう変えて行くべきなのか。統合開発環境「IAR Embedded Workbench」で知られるIARシステムズ株式会社(以下、IAR) 代表取締役社長の原部和久氏と、大手半導体メーカーであるSTマイクロエレクトロニクス株式会社(以下、ST)でマイクロコントローラ&デジタル製品グループ・ディレクターを務めるパオロ・オテリ(Paolo Oteri)氏のお二人に、2021年の組み込み機器開発のトレンドや2022年以降の展望について語ってもらった。

Cortex-M3/M4からCortex-M7への移行が見られた2021年

IARシステムズ株式会社 代表取締役社長の原部和久氏原部氏 当社の2021年国内市場の実績をみると、お客さまのニーズがArmのCortex-M3/M4からCortex-M7に移っているケースが多くなっています。また。シングルコアからマルチコアシステムへの移行もあり、組み込みシステムそのものの高度化も伺えます。このトレンドで興味深いのは、現在も続く半導体の需要の急増だけが理由ではないと思われることです。(右写真:IARシステムズ株式会社 代表取締役社長の原部和久氏)

一般的に、Cortex-M3/M4からCortex-M7への移行は、性能や機能強化が目的と思われがちですが、むしろソフトウェアやアプリケーションの柔軟性の確保を目的にCortex-M7の、それもマルチコア製品が選択されています。ハードウェアへの依存度を下げ、スケーラビリティを確保するためにはCortex-M7クラスの製品が非常に適している、というのが当社から見た2021年の動向です。

ちなみにArmv8-Mアーキテクチャ、つまりセキュリティ機能のTrustZoneを搭載する新世代コアの採用例も増えていますが絶対的な数字としては大きくありません。ただし、セキュリティの需要が確実に増えていることは事実であり、2~3年後には現在のCortex-M7と同じように急速に立ち上がると考えています。

 

オテリ氏 私の見方も同じです。確かに半導体需要の急増もありますが、それよりもアプリケーションの高機能化に伴う複雑性増加が大きな理由になっています。これら2つの問題の解決策は偶然にも同じで、当社の32ビットマイコンのSTM32に代表される“プラットフォーム”を活用することなのです。これにより、ハイエンドからミドルレンジの市場に幅広く対応できるようになります。また、これらのプラットフォームには最先端のプロセス技術やIPを使用した製品が投入されますから、これは当然高性能化にもつながるわけです。

半導体メーカーの視点から見ても、マルチコアやOSベースのアプリケーションの需要が高まっているように思います。ベアメタルで実装するのではなく、抽象化レイヤーを追加したいということですね。これは汎用マイコンだけでなくMPUの分野でもいえることで、Cortex-AやCortex-Mのマルチコア製品では組み込みLinuxやリアルタイムOS(RTOS)など複数のOSが利用されます。

セキュリティについては当社も以前から取り組んでいますが、設計段階から考慮する必要があるので、搭載製品の量産に入るまでにはどうしても時間が必要です。おそらく数年後には目に見える形で出荷量が増えると思います。

自社で統合開発環境を提供するSTがIARと協業する理由

原部氏 私はIARに2010年に入社しましたが、そのころから10年以上の間、IARとSTは非常に良い関係を築けていると確信しています。当社の多くのお客さまがSTM32を利用していることも含めて、ハンズオンセミナーを含むさまざまな活動を共同で実施させていただいていることに大変感謝しております。IAR Embedded Workbenchは、STM32だけでなく8ビットマイコンプラットフォームのSTM8まで幅広くサポートしています。両社の関係は強固であり、今後STが製品ポートフォリオを拡充された場合も迅速にサポートしていきます。


STマイクロエレクトロニクス株式会社 マイクロコントローラ&デジタル製品グループ・ディレクターのパオロ・オテリ氏オテリ氏 当社とIARはワールドワイドで深い関係を築いており、それは日本法人についても同じことが言えます。ご紹介いただいた通り、当社は8ビットから32ビットまで幅広いマイコンと、さらにはMPUもあります。IARが、これらの製品ポートフォリオを完璧にカバーしてくれていることを高く評価しています。冒頭の話題にもつながりますが、アプリケーションのマイグレーションやアップグレードに際して、技術者が常に安定した信頼性の高いツールチェーンを利用できるのも、大きなメリットといえるでしょう。(左写真:STマイクロエレクトロニクス株式会社 マイクロコントローラ&デジタル製品グループ・ディレクターのパオロ・オテリ氏)

もちろん半導体メーカーとして、当社も技術者向けのソフトウェアへの投資を怠ってはいません。組み込みAI(人工知能)、モーター制御、グラフィックス、セキュリティ、ワイヤレスをはじめとするさまざまなツールやライブラリを提供しています。これらは、技術者がマイコンのさまざまな機能を迅速に活用できるようにするためのもので、これをIARが提供する開発環境にシームレスに統合して簡単に利用できるようにすることが必要だと考えています。マイコンやMPUの普及のために、IARとコラボレーションできることに本当に感謝しています。

ちなみに当社が無償で提供している統合開発環境のSTM32CubeIDEは、製品評価やPoC(概念実証)構築などマイコンへの最初のアプローチから、量産開発まで使っていただくことが可能です。一方で、製品の量産開発において統合開発環境に高いレベルのサポートが求められる日本市場では、統合開発環境のサポートに長けており、実績豊富なIARとのパートナーシップは極めて重要です。当社が提供するソフトウェア・ライブラリの中にはIAR Embedded Workbench用サンプル・ソフトウェア・プロジェクトも含まれます。そのプロジェクトを活用すれば、初めてSTM32に触れる方でも、スムーズに評価をはじめられます。

「ソフトウェアのスケーラビリティ」が組み込み開発のトレンドに

原部氏 これから当社は、お客さまが求めるプラットフォームの移行に向けたサポートを強化していく必要があると考えています。組み込み機器の開発では、アプリケーションが必要とするメモリサイズや消費電力に合わせて、常にリソースを100%使い切る構成を選択するのが理想とされていました。しかしこの考え方は、マイコンをはじめとするハードウェアの変更や、他の構成からのソフトウェアのポーティングという観点で問題があります。設計に余裕がないので、マイコンを変更しようとしてもソフトウェアが移植できないということが実際に起きています。つまり、ソフトウェア資産を次の開発に生かせないため、再び一からスクラッチ開発する羽目になるわけです。

こうしたソフトウェアのスケーラビリティに対する要求が2022~2023年のトレンドの一つになると考えています。OSもまた重要で、シングルコアのベアメタルシステムのサポートだけでなく、マルチコアやRTOS環境下でのデバッグ能力をお客さまに提供する必要があります。実際に、IAR Embedded Workbenchは既にそれが可能であり、マルチコア環境でのデバッグや異なるハードウェアへの移植に対する技術相談も可能です。

 

オテリ氏 マルチコアへの移行は大きな課題です。お客さまの中には、まだデュアルコアでのデバッグに慣れておらず、またRTOSで性能の異なる2つのドメインを同期させる方法に精通されていない場合もあります。ですので、設計コンセプトの段階からお客さまと共同で作業することもあります。

もちろん、こうしたマルチコア環境までカバーする開発ツールは、シングルコア環境からの移行には非常に重要です。これは単に開発環境だけでなく、アプリケーション自身の設計に関わる場合もあるからです。加えれば、コア単体の性能だけでなく、メモリや周辺回路なども含めて提案する必要があります。メモリの場合、64KBのSRAMに64KBのアプリケーションが動いていたりすると、後になってメモリが足りなくなり、機能を減らすかメモリを増やすか、といった課題に直面したこともあります。

マルチコアへの対応が鍵になる

原部氏 当社が蓄積した知識と経験は、お客さまに大きく役立てられると考えています。これまでの日本市場では、マイコンをリプレースするプロジェクトは多くありませんでした。というのも、多くの組み込み機器が10年以上稼働しており、マイコンをリプレースする機会がなかったためです。だからこそ、マイコンのリプレースやプラットフォーム移行の常用に対して当社の経験が生きてくることになります。

加えて、マルチコアのラインアップはお客さまにとって強力な武器になります。組み込み機器は、基本的にCortex-Mクラスを使ったベアメタルかRTOSベースであることが一般的です。確かにベアメタルのシステムは高速でしょう。ただし、通信機能の実装やミドルウェアライブラリの利用を考えた場合、お客さまにとってマルチコアへの移行は柔軟性の確保につながります。もちろん、マルチコアシステムにハードルの高さを感じるお客さまは少なくありませんが、マルチコアの実装方法やコーディング手法、デバッグ方法などを学ぶことができれば、それは大きな武器になります。

 

オテリ氏 その通りですし、こうしたマルチコアシステムの使い方に関し、サンプルコードやアプリケーション例を多く示すことが重要です。これは、性能やメモリのリソースを事前に見積もることができるためです。特に、AIを使ったシステムでは、スクラッチからのリソースの見積もりは非常に困難です。加えて言えば、ライブラリやサンプルだけではなく、トレーニングや現場のサポートも同様に重要になります。当社は開発現場にお邪魔してのサポートだけでなく、毎月数回のウェビナーやオンラインでの対応も実施しています。オンラインでもトレーニング動画で開発手法をご覧いただけるようになっています。

 

原部氏 当社としても、リモートミーティングが普及したことは迅速なサポートにつながると考えています。弊社やSTのお客さまは日本中におられます。例えば、大阪や九州だと、そもそもお伺いするだけで数時間掛かってしまいます。ところがリモートであればすぐさま対応可能であり、これによってお客さまの迅速な開発に貢献できます。厳しい環境下だからこそ、当社はSTと共同で、より一層緊密にお客さまの開発手法を見直し、開発現場の変革を実現していきたいと考えています。

IARの原部和久氏(右)とSTのパオロ・オテリ氏(左)
組み込み開発に柔軟性をもたらす提案を協力して進めていく

 

本記事は2022年3月にMONOistに掲載された記事です。

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